尾道ラーメンの歴史

昭和三年頃、中国福建省の張氏が青竹で麺を作り、手回しの機械で麺線を作り露店でチャルメラを吹きながら売り歩いていたのが、尾道で「支那そば」として出現したのが「尾道ラーメン」の始まりです。

当時の尾道ラーメンのスープは、牛骨と豚骨で採ったスープで、白く濁ったスープでした。
戦時中に材料不足で一時中断しましたが、終戦後いくつかの至難をかいくぐり再び尾道ラーメンが作られるようになりました。

昭和三十年から四十年にかけて「ラーメン」と称呼されるようになり、尾道ラーメンは鳥がら、尾道ならではの瀬戸の魚介類を主体とした透き通って味わいのあるスープになりました。

尾道ラーメンには定番の名称はなく、尾道の風土にあったラーメンで、今では尾道の人々はもちろんのこと、数々の文豪や文化人にも愛されているラーメンです。 今も尾道のラーメン屋さんの数店舗(2店かな・・・)では、お昼時には観光客の方、地元の方の行列が見られます。(既に名物??)

 

麺作りへのこだわり

麺というのは、その日の気温、湿度、作業者の体調等でも変化します。

麺は生き物です。手を抜けば、それなりの麺しかできません。

噛むほどに小麦の味が口中に広がる、あたかも小麦畑の中で食しているような感覚にとらわれる麺は、70年来続く「こだわり」の中にこそ生まれたものだったのかもしれません。

ちょっといいカッコつけでしたか?すみません。

 

 

とにかくラーメンが大好きな私ですが、私の地元香川県高松市には、あまり美味しいラーメン屋さんが無いんです。。。

やはり香川は讃岐うどんですからね。ラーメンよりもうどんの人気が高いので、ラーメン屋さん自体も少ないんです。

私的にはうどんよりラーメンの方が好きなんですけどね。

香川って田舎だから、そんな店も多くないんですが、うどん屋だけは多いんですよね。

ちなみに、私の仕事は薬剤師の仕事なんですが、薬局もそこまで多くありません。

なので仕事を探すのも一苦労です。

今の仕事も、ネットでどうにか探したって感じですからね。

やっぱり何でもある都会にあこがれてしまいますね。

 

この際、今の仕事を辞めて美味しいラーメン屋さんでもしちゃおうかな!って感じです。

お金も事業者ローン(http://www.jigyousyaloan.com/)で借りればどうにかなるでしょう。

その前に、美味しいラーメン屋さんで修業しないとダメですかね。。。